「 石破総裁の下、自民党は必ず衰退する 」
『週刊新潮』 2024年10月24日号
日本ルネッサンス 第1119回
石破茂首相が今年4月、宝島SUGOI文庫から『自民党 失敗の本質』という本を出していた。安倍晋三元総理を「国賊」と罵倒した村上誠一郎氏、信条は「面従腹背」と公言した元文部科学事務次官の前川喜平氏、左翼思想で知られる内田樹氏らとの共著である。
手にとれば、石破氏の政策の脈絡のなさ、一国の指導者たるべく5回も自民党総裁選挙に挑んで来たとは思えない不勉強ぶりが分かる。
たとえば対中戦略だ。わが国は国家戦略で中国の軍拡を「最大の戦略的な挑戦」と定義している。わが国のみならず世界が最大の脅威と見做しているのが中国である。
私は石破氏が中国についてまとまった考えを語ったのを聞いたことはないが、総裁選直前の9月10日、氏は突然、中国に対峙する戦略としてアジア版NATOの創設に言及した。この大構想には国内外から強烈かつ否定的な反応があった。氏の論文が米シンクタンクのハドソン研究所で発表されると、米国の戦略家らは一斉に「非現実的」「米国は受け入れない」などと反応した。10月3日にはインドが石破氏の戦略に参加する気はないと表明した。他のアジア諸国も中国を恐れるあまり否定的意見を表明するか沈黙を守った。
石破氏の考えが夢想にすぎないのは、仮に日本主導でアジア版NATOを創設したとして、憲法改正もできていない日本は集団安全保障の枠組み内であるその活動に参加できないからだ。中国がインドの国境を襲ったり台湾侵攻に踏み切ったりしても、日本は自衛隊を送ることなどできない。
日本主導のアジア版NATOを仮に構想するとしても、物理的に日本自身が参加できないだけでなく、中国敵視の構想であるだけに、余程注意して打ち上げなければならない。ところが石破氏はこの話を選(よ)りに選って台湾の頼清徳総統に持ちかけていたのだ。8月12日、訪台して会談したその席でのことだった。
無神経な外交を展開
この話がどれほど深刻な影響をもたらすかについて、石破氏は考えが及ばなかったのであろう。中国は常に台湾情勢を窺い、少しでも台湾が中国に刃向かう素振りを見せれば容赦なく鉄拳を振るおうとする。現に10月14日、中国人民解放軍は台湾を包囲し制空権も制海権も押さえた上で大規模軍事演習を行った。空母「遼寧」をはじめ軍用機125機、人民解放軍及び海警局の艦船34隻が参加した。
これまでにない大規模演習は、決断さえすれば中国は迅速に台湾を封鎖し、主要な港を押さえ、攻撃出来ることを示した演習だ。彼らが遼寧を台湾東部沖に展開させたのは米軍への牽制である。シンクタンク「国家基本問題研究所」は中国の台湾攻略の能力がどのように整備されてきたかを報じてきたが、そのとおりの状況になっている。
軍事力で現状変更を迫る中国に、台湾は万が一にも侵略の口実を与えないように細心の注意を払い、挑戦ととられないように発言には極めて慎重であり続けてきた。そこに自民党総裁、つまり日本国総理大臣を目指す石破氏がやってきて、アジア版NATO創設を話題にした。
頼氏は心底、驚愕したことだろう。台湾の置かれている緊張状態を全く理解していないと思ったことだろう。頼氏は石破氏の問いに答えず、同行団の他の政治家の方を向いて新たな話題を提供したそうだ。
こんな無神経な外交を展開する石破氏は、先述の著書で、左の論客らしく中国よりもわが国を「怖い国」と位置づけている。
なぜ怖い国か。まともに考えれば勝てるはずのない米国と、かつて戦ったからだという。他方、中国に関してはこう記している。
「『中国は脅威だ』と(中略)安易に口にする政治家があまりに多い」「『中国は怖い、だから防衛費を増やすんだ』というようなことを言い立てるのは、政治家としてあまりに無責任でしょう」
このくだりは岸田文雄前首相が、防衛費をGDP比2%に増額すると決定したことへの批判である。そのことを石破氏は書籍にして世に問うた。
しかしその後、今年8月に訪台した際、「中国は怖い」という立場からアジア版NATOで対処しようと頼総統にもちかけたのだ。時系列で追うと石破氏の対中認識が行きつ戻りつしているのが見えてくる。つまり、そこには論理も戦略も欠けているということだ。
対中抑止で軍事費を増額するという岸田政権の戦略を「あまりに無責任」と非難すること自体、人民解放軍の行動を見れば、あまりに無責任だ。中国が併合を狙って全面展開の準備を進め、緊張状態が続く台湾で、アジア版NATOを持ちかけること自体、愚かだ。もう一点、石破氏は総裁選の最中、経済政策において岸田政権の路線を引きつぐと言明し、決選投票直前の5分間演説で岸田氏に歯の浮くようなお世辞を言った。岸田政策をほめたり否定したり、場面場面で発言が変わる。そんな石破氏は信用できない。
鳩山氏とハリス氏
著書で氏は胸を張って書いた。政治家に必要なのは、「たとえ自分の損になっても、公のために正しいことが言える」ことだ、と。それが出来なければ「政治家なんか辞めたほうがいい」そうだ。「徹底した議論のないまま、権力者に付き従えというのは私にとっては大問題」とも見得を切っている。
石破氏の本当の姿を見ると、全く異なる風景が広がる。総裁選告示から今日まで約ひと月しか経っていないのに、政策や主張を頻繁に変えた。およそ全て、自分への支持を維持するための保身の妥協だ。「公のために正しいこと」を守るのではなく、「権力者に付き従」っただけだ。
石破氏によく似た政治家に、鳩山由紀夫氏と米大統領候補のカマラ・ハリス氏がいる。鳩山氏の件はいったん横に置いて、ハリス氏を巡って興味深い現象が起きている。
バイデン大統領が出馬を取り止め、ハリス氏が大統領候補になった途端、民主党支持者らは沸き立った。著名人らは高額の寄付に走り、映画スターらは支持を表明した。だが、ハリス氏の中身のなさが誰の目にも歴然とし始め、民主党自体への支持が揺らぎ始めたのだ。
調査会社、ギャロップの調査では大統領選の年、7~9月の政党支持率で1992年以来一貫して共和党を上回っていた民主党が32年間で初めて共和党の後塵を拝した。その差は3ポイントではあるが、実はNBCの調査でも似たような結果が出たという。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙はこれを「気づかれていないが、24年選挙のゲーム・チェンジャー」と呼んだ。
カマラ・ハリス氏同様、殆ど中身も信念もない石破氏は自民党の力を大きく殺(そ)いでいくだろう。自民党の行く末は暗いと、私は見ている。